名古屋高等裁判所 平成8年(ネ)351号 判決 1997年6月25日
甲事件控訴人(以下「一審被告」という。)
株式会社キャロット
右代表者代表取締役
横山章一
右訴訟代理人弁護士
中野弘文
乙事件控訴人、附帯被控訴人(以下「一審被告」という。)
株式会社マイカル(旧商号株式会社ニチイ)
右代表者代表取締役
小林敏峯
右訴訟代理人弁護士
池口勝麿
一審被告株式会社マイカル補助参加人
ジャスコ株式会社
右代表者代表取締役
田中賢二
右訴訟代理人弁護士
松川雅典
同
田積司
同
米田実
同
辻武司
同
米田秀実
同
阪口彰洋
同
四宮章夫
同
西村義智
同
田中等
同
上甲悌二
同
藤川義人
同
松井敦子
甲、乙事件被控訴人、附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
株式会社オリンピア
右代表者代表取締役
加藤雅浩
右訴訟代理人弁護士
村元博
主文
一 一審被告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
二 一審被告株式会社マイカルは一審原告に対し、金一二三万五〇〇〇円及びこれに対する平成七年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 一審原告の一審被告株式会社マイカルに対するその余の請求、及び一審被告株式会社キャロットに対する請求をいずれも棄却する。
四 本件附帯控訴を棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じて、一審原告と一審被告株式会社マイカル及び同被告補助参加人ジャスコ株式会社との間に生じたものは、これを五分し、その一を一審被告株式会社マイカル及び同被告補助参加人ジャスコ株式会社の、その余を一審原告の各負担とし、一審原告と一審被告キャロットとの間に生じたものは、一審原告の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。
六 この判決第二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 一審被告株式会社キャロット(以下「一審被告キャロット」という。)
1 原判決中、一審被告キャロット敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の一審被告キャロットに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
二 一審被告株式会社マイカル(以下「一審被告ニチイ」という。)
1 原判決中、一審被告ニチイ敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の一審被告ニチイに対する請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
三 一審原告
1 一審被告キャロットの甲事件控訴を棄却する。
2 一審被告ニチイの乙事件控訴を棄却する。
3 附帯控訴に基づき、原判決主文第五項を次のとおり変更する。
一審被告ニチイは一審原告に対し、五五八一万三四九五円、並びに内金三〇四二万一〇〇〇円に対する平成七年一〇月二一日から支払済まで年五分の割合による金員、及び内金二五三九万二四九五円に対する平成八年一二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。
第二 事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の「第二の一 争いのない事実等」を、次のとおり改める。
「一 前提事実
1 津市桜橋所在の津ショッピングセンター「エル」(以下「エル」という。)は、一審被告ニチイと同補助参加人ジャスコ株式会社(以下「補助参加人」という)が、中央毛織株式会社(以下「中央毛織」という。)から同会社所有の原判決別紙物件目録記載の五階建の建物(以下「本件ビル」という。)のうち、各々四〇〇〇平方メートルを賃借し、その直営部分については自ら営業をなし、テナント部分については各テナントに転貸して営業をなさしめ、その他専門店街の占有部分一八〇〇平方メートルと併せて全体が一体化して成るショッピングセンターであり、昭和五三年九月二一日にオープンした(弁論の全趣旨)。
2 補助参加人は、昭和五三年八月八日、一審原告に対し、本件ビルのうち二階部分のテナント用のフロアの一部六六平方メートル(原判決別紙物件目録記載の店舗部分、以下「本件店舗」という。)を、①賃貸借期間を昭和五三年九月二一日から同五六年二月二〇日までとし、②建設保証金及び敷金を一〇〇〇万円とし、③固定賃料を月額一〇万円、歩合賃料を毎月売上高の二パーセントとし、④共益費用を月額一二万円とする、との約定で転貸し(以下、右契約を「本件契約」という。)、一審原告は、補助参加人のテナントとして、エルに出店し、本件店舗において、服飾、雑貨の販売を営んできた(甲第二号証、弁論の全趣旨)。
3 補助参加人と一審原告との間で締結された昭和五三年八月八日付け店舗賃貸借契約(本件契約)の一九条には、店舗の変更等に関し、「本契約時の本店舗の位置、面積などが建物の設計・店舗レイアウト、法規制などの関係上変更の必要が生じたときは、甲(補助参加人)は、位置、面積、賃貸借料、共益費、建設協力預託金、敷金などの額を改訂するものとし、乙(一審原告)はこれに対し異議を述べない」旨の(一項)、「乙(一審原告)はこれらの変更によって生じた内装・什器の移転・新設などの費用を負担し、休業補償など名目のいかんを問わず、甲(補助参加人)に対して一切の請求をしない」旨の(二項)定めがある(甲第二号証)。
4 本件契約は、昭和五六年二月二〇日以降、本件契約七条の規定により、一年毎に自動更新されてきた。なお、一審原告は、初回更新時はもちろん、その後においても、補助参加人の求めた賃料増額に応じたことがなかったため、平成六年までの一六年間、賃料額は、当初の賃料のまま据え置かれてきた(甲第二号証、弁論の全趣旨)。
5 平成四年、一審被告ニチイが本件ビルに隣接して建設される建物を新たに賃借して、売場面積を大幅に拡張することを決定したことを契機に、補助参加人は、エルから撤退することとし、平成四年一二月一八日、その全テナントに対し、説明会を開き、補助参加人がエルから全面的に撤退し、一審被告ニチイが補助参加人のテナントに対する賃貸人の地位を引継ぎ、新装オープンする旨を公式に発表した(証人小川莞爾の証言、弁論の全趣旨)。
6 平成五年一月二五日、補助参加人は一審被告ニチイとの間に、①補助参加人は平成六年一月二〇日を目途にエルから撤退し、本件ビルの補助参加人の賃借部分につきその賃借権を一審被告ニチイに対し承継させる、②一審被告ニチイは、補助参加人の撤退日において、補助参加人のテナントに対する賃貸人の地位を承継し、補助参加人のテナントを自己のテナントと差別待遇しない、③補助参加人は、そのテナントに対し、一審被告ニチイによる新築増床・改装に伴い、配置変更及び賃貸借条件の改定があることを説明する、④補助参加人は、一審被告ニチイが賃貸人の地位を承継するにつき、補助参加人のテナントの同意(引き続き出店することの承諾を含む。)をその責任において取り付ける、ことを合意し、その旨の確認書を交換した(乙第一、二号証、第六号証、丙第二、三号証、弁論の全趣旨)。
7 そして、そのころ、補助参加人は、補助参加人と賃貸借契約を結んでいる全テナントに対し、賃貸人としての地位が一審被告ニチイに承継されることを承諾する旨記載した承諾書用紙を交付のうえ、一審被告ニチイにおいて新装オープンするショッピングセンターに引続き入店を希望する者は、右承諾書に押印して提出して貰いたい旨、また、入店を希望しない者は、補助参加人とともに退店して貰いたい旨申し入れた(右申し入れが、一審原告との関係で、解約告知ないし更新拒絶の趣旨を含むか否か、及び、含まれるとしてその効力の有無については、争いがある。)。その結果、退店することになったテナント三店及び一審原告を除くその他のテナント二二店は、右承諾書を提出(内二一店は、平成五年一月三一日までに提出)したが、一審原告はその提出に応じなかった(丙第四ないし第二七号証、弁論の全趣旨)。
8 他方、一審被告ニチイは、前記のとおり、補助参加人からその賃借部分の引渡を受けた暁には、エルを全面改装のうえ、その名称も変更してショッピングセンター「サティ」(以下「サティ」という。)の名称で新装オープンすることを計画し、補助参加人のそのテナントに対する説明が終了するのを待って、補助参加人とは別に、平成五年三月、全テナントに対しその旨説明し、改装期間中の一時退店、改装費用の投資を理由とする賃貸条件の改定等について協力を求めるとともに、一審原告ら各テナントと、引き続き出店するとした場合の契約条件、店舗の場所・面積等について個別折衝を開始した(乙第六号証)。
9 一審原告は、サティに入店・退店のいずれを選択するかは明示しないまま、当初は、一審被告ニチイからその提示する賃貸条件を聞き、これに対する希望(ただし、その希望は変転し、一定しなかった。)を一審被告ニチイに述べたりもして、時間が経過していたが、平成五年一二月六日、一審被告ニチイにおいて一審原告の主張にある程度沿った算式による譲歩案(①賃料は、固定賃料を廃止して、売上高の七パーセントの割合による歩合賃料(月売上高を五〇〇万円とした場合の賃料は、月額三五万円、年額にして四二〇万円となる。)のみとし、②敷金は一三五〇万円(ただし、補助参加人より引き継がれる予定の敷金二〇〇万円及び保証金残額四〇〇万円をその一部に充当する。)とするもの。)を提示したところ、同月一〇日、一審原告は、右賃料提示額から更に年額にして三五〇万円の減額を求め、一審被告ニチイが応じないと見るや、前記承諾書を提出していないことを理由に、以後、一審被告ニチイとの交渉を拒絶し、この態度を翻すことはなかった(甲第五号証、乙第六、七号証、弁論の全趣旨)。
10 平成六年一月一二日、中央毛織、補助参加人及び一審被告ニチイは、同日限り、一審被告ニチイが補助参加人の前記賃借権及びそのテナントに対する転貸人の地位をそれぞれ承継すること、及び前記承諾書を提出したテナントに関する敷金・保証金の引継ぎに関する事項を合意し、その旨の確認書を交換した(乙第四号証)。右合意の結果、一審被告ニチイは、本件店舗につき、補助参加人の一審原告に対する賃貸人の地位を承継したものである。
ところでも、同日までに、一審原告から前記6④の同意を記載した承諾書(丙第六ないし二七号証参照)の提出を得られなかったため、同日、補助参加人と一審被告ニチイは、補助参加人において一審原告の同意を速やかに取り付けるものとし、もし、一審原告の同意が得られないときは、補助参加人の負担において一審原告を退店させることを合意し、その旨の覚書を交換した(乙第三号証)。
11 一審被告ニチイは、平成六年一月一四日、一審原告に対し、本件契約の賃貸人の地位を一審被告ニチイが引き継いだことを伝えて、交渉を再開するように求めたが、一審原告は補助参加人を契約当事者として交渉するとして、その時点での交渉には応じなかった(乙第六号証)。
12 一審被告ニチイは、平成六年二月一〇日、一審原告に対し、入店希望があれば、工事等の都合もあり、同月一五日が入店希望を表明するタイムリミットとなる旨を告げ、同日までに返事をするように求め、かつ、右期間内に返事がないときは、権利放棄として扱う旨告知した(乙第六号証、原審証人西尾遼の証言、弁論の全趣旨。右の告知に、解除の意思表示の趣旨が含まれるか否か、及び、含まれるとしてその効力の有無については、争いがある。)。
13 一審被告ニチイは、平成六年二月二八日からエルを休館して改装工事に着手した。一審原告を除くその余のテナントはその間退館して工事に協力した。一審原告は商品は搬出したものの、什器設備等を本件店舗部分に残置し(以下、右什器設備等を「残置物」という。)、工事の妨害となったため、一審被告ニチイは、これを撤去のうえ、工事を行った。
また、一審被告ニチイは、一審原告が新装開店後のサティに出店の意向を表明した場合に備えて、サティの店舗のうち本件店舗部分に相当する部分を他のテナントに割りつけることをせずに取っていた。その間、一審原告は、補助参加人に対し、退店を前提として代替店舗の提供方を要求し、補助参加人が具体的に提案した数店舗について四月上旬まで交渉を継続したものであって、一審被告ニチイに対しては、依然として、明示的かつ確定的な出店の希望を示さなかった。そこで、一審被告ニチイは、一審原告との契約は確定的に解約(解除)されたものとして扱うこととし(解約又は解除の効力については、以下のとおり争いがある。)、同年四月一一日、一審被告キャロットに本件店舗部分を転貸して引き渡した。そして、一審被告ニチイは、同月二三日サティを新装開店した(丙第三六号証の一、四二ないし四五号証、弁論の全趣旨)。
14 これに対し、一審原告は、本件訴訟を提起し、(1)一審被告ニチイに対しては、同被告が、本件店舗を別のテナントである一審被告キャロットに占拠させて一審原告の本件店舗に対する占有、使用を排除して、営業継続を妨害し、かつ本件店舗に置いてあった一審原告所有の備品類を破棄したことにより損害を被ったと主張して、賃借権及び占有回収訴権に基づき、本件店舗の明渡及び一審原告の同店舗に対する占有使用の妨害禁止を求めるとともに、債務不履行ないし不法行為に基づくいわゆる懲罰的損害賠償請求を含めて、一日当たり一〇万円の割合による金員、並びに休業損害、備品代、従業員の給与等の合計六五二二万四七五〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、(2)一審被告キャロットに対しては、賃借権に基づき、本件店舗からの退去を求め、(3)一審被告らに対しては、一審原告が本件店舗の賃借権を有することの確認を求めたのが、本件である。
原審は、一審被告ニチイ及び補助参加人の本件契約終了の抗弁を認めず、一審原告が本件店舗に賃借権を有しているとして、一審原告の一審被告キャロットに対する請求を全部認容し、一審被告ニチイに対する請求を、損害賠償請求の一部を除いて、認容した。
一審被告両名が、各敗訴部分につき控訴し、一審原告は、一審被告ニチイの関係で附帯控訴した。
なお、一審被告ニチイは、平成八年七月一日、株式会社マイカルに商号変更した。」
二 原判決一六頁九行目の「被告ニチイ」から同末行の「であった。」までを削り、同二〇頁二行目の「招来」を「将来」に改める。
三 争点
1 本件契約一九条の趣旨とその効力
(一) 一審原告は、本件契約一九条により、補助参加人に対し、補助参加人の行うリニューアル投資を分担する旨予約したものと解することができるか。
(二) また、本件契約一九条の定めは、平成三年一〇月四日法律第九〇号により廃止された借家法(以下「借家法」という。)六条ないし七条の趣旨に反し、無効となるか。
2 本件店舗の賃貸借(以下「本件賃貸借」という。)は、以下の解除の意思表示により、法定解除されたか。
(一) 補助参加人から平成六年一月一二日本件店舗の賃貸人の地位を承継した一審被告ニチイの同年二月一〇日付け債務不履行解除の意思表示
(二) 補助参加人が平成五年一月二五日から平成六年一月七日までの間にした債務不履行解除の意思表示
3 本件賃貸借は、補助参加人の平成五年一月二五日付け解約申入れ、又は、更新拒絶の意思表示により、終了したか。
4 一審被告ニチイによる不法行為の成否
5 一審原告の被った損害額
四 当審における当事者双方の追加主張
1 争点1(本件契約一九条の趣旨とその効力)について
(一) 一審原告の主張
(1) 本件契約一九条は、借家法六条又は七条の趣旨に反し、無効である。
一審被告ニチイらが本件契約の前提として主張する本件契約一九条の特約に基づく賃貸条件改定権は、契約締結後の貸主からの条件変更に無条件に拘束力を持たせ、借主はこれを拒絶できないとするものであって、借家法六条又は七条の趣旨に反し無効である。また、一審原告において賃料の減額を申し出たことが、右条項に違反し、解除原因になるというのであれば、そのような条項は借家法六条により無効である。
(2) なお、一審被告ニチイ及び補助参加人らの主張が、本件契約に借家法は適用されないというのであれば、右主張は争う。補助参加人らは、大企業が中小企業に対して抱く恩恵的発想のもとに、一審原告をして、自己都合の統一契約書である本件契約書に調印させたものであり、右契約書の調印により、借家法の適用が左右されるものではない。
(二) 一審被告ニチイ及び補助参加人の主張
(1) 一審原告の右主張は争う。
本件契約は、テナントの出店契約であって、百貨店のケース貸と、一般の独立店舗の賃貸借との中間的法性格を有しているのであり、正当事由の存否の判断及び本件契約一九条の趣旨の解釈に当たっては、本件契約における特性を十分に考慮されるべきである。
すなわち、エルは、他のショッピングセンターと同様に、核になる量販店の直営部門とテナント部門が一体化して、体外的には一個の営業主体が経営する店舗のような形態を創り出して「スケールメリット」(商業集積が巨大であればあるほど集客引力が増加するという経営学上の原則)を追及する体制をとっており、具体的には、一審被告ニチイと補助参加人(以下、右両者を「両社」という。)は、本件ビル全体が一体化して成るショッピングセンター「エル」を経営することとし、共同してエル全体の営業方針を策定して、両社各自の直営部分のほか、それぞれに転貸借契約を締結してテナントを入店させて、全テナントがこの両社の定めた営業方針に従って共同営業を継続するという、全テナントを含めた一種の団体性のある共同事業体を形成していた。
そのため、量販店である補助参加人と、テナントである一審原告との昭和五三年八月八日付店舗賃貸借契約書(甲第二号証、以下「本件契約書」という。)においても、次のとおり、一般の独立店舗の賃貸借とは異なった規定が置かれている。
① 営業種目の限定があり、テナントである一審原告は、契約書二条九項に限定した品目以外の販売が禁じられている(三条一項)。
② テナントである一審原告は、量販店の定める「営業規制」の遵守義務(四条二項)があり、違反の場合は、無催告解除を受ける(二五条一三号)。
③ テナントである一審原告は、貸主の定める内装工事基準書を遵守して「全店舗の調和・品位及び美観を保つ」義務があり(一一条一項)、改装については貸主の指示監督に従う義務を負う(同条二項)。
④ 売上金については、貸主の指定した機種の会計機をテナントが購入し、貸主指定の袋に封緘して毎日貸主事務所に持参し、月末精算とする(一二条一項)。
⑤ テナントである一審原告は、補助参加人の他のテナントと協同し、店舗全体としての繁栄成果をあげる目的で、テナント全員で構成する「同友店会」という団体に強制加入する義務を負う(一五条)。
⑥ テナントである一審原告が営業するのに必要な設備・什器・備品類については、貸主の文書による承認が義務づけられている(一七条)。
⑦ テナントである一審原告の賃借店舗内の造作・修繕・模様替えについても、事前に貸主の文書による承認が義務づけられていて、全体の調和・品位・美観保持が義務づけられている(一八条)。
⑧ 一審原告らテナントの店舗位置・面積については、建物の設計・店舗レイアウト(配置関係)変更の必要性が生じたときは、テナントは異議なくこれに応ずると共に、敷金・賃料などの賃借条件の改定にも応ずる義務がある(一九条一項)。また、テナントは前記変更によって生じた工事費用を負担すると共に、工事中の休業補償の請求をしないと定められている(同条二項)。
⑨ テナントは貸主の定める営業時間外に営業が禁じられると共に、定休日以外の休業が禁じられ、通常の賃貸借のような休業の自由はない(二一条五、六号)。
⑩ テナントに対する無催告解除条項として、店舗全体の秩序を害する行為(二五条九号)と無断店舗閉鎖(同条一一号)が定められている。
(2) 本件契約一九条は、店舗レイアウトの変更の必要が生じたときは、テナントは店の位置や賃料・敷金の条件変更に応じる義務を定めているが、レイアウト変更には、競争に打ち勝つためにする量販店側の大規模な新規投資が必定となるため、量販店の傘の下で、新規投資のメリットを享受するテナント側も応分の投資分担を予約したものと解することができる。すなわち、本件契約一九条により、補助参加人と一審原告との間には、①リニューアル投資の必要の存在すること、②各テナントの投資分担額が妥当であることという、二条件を充たす限り、テナントである一審原告は投資分担を拒み得ないとする予約が成立しているものと解すべきである。したがって、右条項は借家法六条、七条に反し無効になるものではない。
2 争点2(1)(一審被告ニチイによる平成六年二月一〇日付け債務不履行解除の成否)について
(一) 一審被告ニチイ及び補助参加人の主張
(1) 一審被告ニチイは、平成五年一二月六日、補助参加人の代理人として、一審原告に対し、本件契約一九条の特約に基づく賃貸条件改定権を行使して、賃貸条件改定の意思表示をした。これに対し、一審原告は、この改定に応じることを拒否し、一審被告ニチイに対し、同月一〇日、それまでの交渉において一審原告自らが提案した売上額の一〇パーセント以内の売上歩合のみからなる賃料年額四二〇万円から、さらに三五〇万円を減額するように求めた。右提示額は、一審原告が一六年前に契約した賃料の三分の一以下であって、非常識なものであり、折衝拒否とも言えるものであった。
(2) 一審被告ニチイは、平成六年一月一二日、補助参加人と一審原告間の本件賃貸借契約の賃貸人の地位を補助参加人から承継したので、同被告の担当社員西尾遼及び平野清人(以下「西尾」及び「平野」という。)は、同月一四日、一審原告代表者を訪問し、右賃貸人の地位の承継を告知すると共に、新規オープンの予定日を再確認し、賃貸条件の改定に応じるよう求めた。これに対し、一審原告代表者からは、補助参加人を契約当事者として交渉するが、一審ニチイとは現時点で話し合っても仕方がない、補助参加人に仕返しをねらっている旨の回答しか得られなかった。そのため、西尾及び平野は、一審原告が賃借権を主張するなら、本件契約一九条に基づく賃料改定について真面目に折衝して欲しい旨依頼したが、一審原告は同じ返事を繰返すのみで、一審被告ニチイとは交渉しないと言うばかりであった。
以上のとおり、一審原告は、一審被告ニチイのリニューアルに伴う賃貸条件の改定交渉において、貸主の賃貸条件改定権を無視し、追加投資の分担予約を無視する契約違反を続け、一審被告ニチイとの交渉に応じない態度を示した。
(3) 一審被告ニチイは、「サティ」として平成六年四月二三日オープンすることが決定し、他のテナントとは全て円満に合意が成立している状態であるのに、このように契約条項を無視する一審原告とは、もはや本件賃貸借を継続する信頼関係を維持することができない状態になったと判断し、同年二月一〇日、一審原告に対し、前記特約遵守を催告し、右特約違反行為(改定された賃貸条件の履行拒否)を同月一五日までに撤回しない限り、本件賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をした。
(4) ところが、一審原告は、一審被告ニチイの右催告にもかかわらず、これに応じようとはしなかった。
(5) 右のとおり、一審原告の前記特約を遵守せず、追加投資の分担予約を無視する契約違反は、本件賃貸借を継続する信頼関係を維持することができない程度に背信性が著しいので、本件賃貸借は、一審被告ニチイの一審原告に対する前記特約遵守の履行催告、及びその不履行を条件とする本件賃貸借の停止条件付契約解除の意思表示により、同月一五日の満了をもって終了した。
(二) 一審原告の主張
(1) 一審被告ニチイ及び補助参加人の主張は争う。
一審被告ニチイは平成六年二月一〇日、一審原告に対し、同月一五日までに折衝を再開しないと権利放棄になる旨通告したに過ぎず、催告付きの解除の意思表示を行った事実はない。
(2) なお、一審原告に、補助参加人ないし一審被告ニチイらとの本件リニューアルに伴う交渉経過において、本件賃貸借の契約違反の事実はない。
また、一審原告の本件賃貸借の条件変更の拒否、賃料減額の請求は、継続的契約の解除を正当たらしめるような背信性を有しない。
(3) したがって、一審被告ニチイらが主張する本件賃貸借の解除の意思表示は、いずれも効果を生じない。
3 争点4(不法行為の成否)について
(一) 一審原告の主張
仮に、本件賃貸借の解除が有効であったとしても、一審被告ニチイの一審原告に対する入店拒否という不作為及び一審被告キャロットを新規入店させたことは、それのみで違法な自力救済と評価しうる。したがって、一審原告は、一審被告ニチイに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、同被告が一審原告に与えた備品代等の損害金(原判決第二の三2及び後記4(一))の支払いを求める。
(二) 一審被告ニチイの主張
一審原告の右主張は争う。
4 争点5(損害)について
(一) 一審原告の主張(附帯控訴の原因)
一審被告ニチイが、平成七年九月以降も、本件賃貸借につき一審原告に対し、債務不履行及び不法行為を継続したことにより、一審原告は、右の時期以降、次の(1)、(2)及び(3)の合計額である二五三九万二四九五円の損害を被った。
したがって一審原告は、一審被告ニチイに対し、原判決主文第五項で認容された金員に追加して、右二五三九万二四九五円及びこれに対する損害発生後の平成八年一二月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(1) 休業損害(追加発生分 一三七六万七四九五円)
原判決は、平成六年三月以降、平成七年八月まで一か月当たり九一万七八三三円の割合の休業損害を認容したが、一審原告は、その後の平成七年九月から平成八年一一月まで一年三か月間においても、一か月当たり右と同額の損害を被っており、その合計額は、次のとおり、一三七六万七四九五円となる。
計算式 91万7833円×15月=1376万7495円
(2) 給与、賞与(追加発生分 一一二五万円)
原判決は、一審原告が、平成六年三月以降平成七年八月までの休業期間中においても一か月当たり七五万円の人件費を負担していたとして、これを損害として認容したが、一審原告は、その後の平成七年九月から平成八年一一月まで一年三か月間においても、一か月当たり右と同額の損害を被ったものであり、その総額は、次の計算式のとおり合計一一二五万円となる。
計算式 75万円×15=1125万円
(3) 供託金に対する金利(追加発生分 三七万五〇〇〇円)
原判決は、一審原告が津地方裁判所平成六年(ヨ)第三九号仮処分申請事件で供託した保証金六〇〇万円に対する平成六年五月から平成七年八月までの法定利息を損害と認定したが、右損害は、平成七年九月から平成八年一一月までの間も発生しているものであるから、右の一年三か月間の損害は、三七万五〇〇〇円となる。
(二) 一審被告ニチイの主張
一審原告の右主張事実は、いずれも否認ないし争う。
第三 証拠関係は、原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(本件契約一九条の趣旨とその効力)について
1 甲第一、二号証、乙第六、七号証、丙第一号証、一審原告代表者尋問の結果(原審・当審、いずれも一部)、証人小川莞爾、同西尾遼、同平野清人の各証言、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件ショッピングセンター「エル」の経営形態
量販店である一審被告ニチイと補助参加人は、中央毛織から同社が所有する本件ビルを、同一面積である四〇〇〇平方メートル宛賃借したうえ、両社協議の上全体の営業方針を策定し、建物全体を一体化して、エルの名称のもとに、外観上単一のショッピングセンターを共同経営してきた。エルは、両社各自の直営部分のほか、それぞれが入店させたテナントの店舗部分から成り、各テナントは、両社の定めた営業方針に従って、エルの一員として共同営業に参加していた。一審原告を含む各テナントには、量販店が大規模投資により新しく形成した集客力の傘の中で、自己の専門店としての特色を発揮して利益をあげる機会を得るメリットがあり、量販店側にもまた、自社の達成できない専門店の良さがショッピングセンターの魅力を増進するメリットがあり、相互に依存し、いわゆる「スケールメリット」を追及していたものである。
(二) 本件ショッピングセンターにおけるテナント契約の特性
ショッピングセンターは、核になる量販店の直営部門とテナント部門が一体化して、対外的には一個の営業主体が経営する店舗のような形態を創り出して「スケールメリット」を追及するもので、そのために、テナントである一審原告と量販店である補助参加人との間の昭和五三年八月八日付本件契約(甲第二号証)中において、前記第二の四1(二)(1)①ないし⑩記載のとおり、一般の独立店舗の賃貸借とは異なった内容の約定をしている。すなわち、
(1) テナントである一審原告の本件店舗の使用形態は、本件契約一一条一、二項により、貸主の定める内装工事基準書を遵守して「全店舗の調和・品位及び美観を保つ」義務があり、改装については貸主の指示監督に従う義務を負う。同一七条により、営業するのに必要な設備・什器・備品類については、貸主の文書による承認が義務づけられて、同一八条により、賃借店舗内の造作・修繕・模様替えについても、事前に貸主の文書による承認が義務づけられていて、全体の調和・品位・美観保持が義務づけられている。
(2) テナントである一審原告の営業についても、本件契約三条一項により、営業種目の限定があり、同二条九項に限定した品目以外の販売が禁じられ、同四条二項により、量販店の定める「営業規制」の遵守義務があり、同一二条一項により、売上金は、貸主の指定した機種の会計機をテナントが購入し、貸主指定の袋に封緘して毎日貸主事務所に持参し、月末精算とすることとされ、同一五条により、他のテナントと協同し、店舗全体としての繁栄成果をあげる目的で、補助参加人のテナント全員で構成する「同友店会」に強制加入することとされ、営業時間の規制を受け(二一条五、六号)、無催告解除条項として、店舗全体の秩序を害する行為(二五条九号)や無断店舗閉鎖(同条一一号)、「営業規制」の遵守義務違反(同条一三号)が定められている。
(3) さらにテナントである一審原告は、エルの将来のリニューアル工事を事前に了解し、本件契約一九条一、二項により、テナントは、店舗位置・面積については、建物の設計・店舗レイアウト(配置関係)変更の必要性が生じたときは、異議なくこれに応ずると共に敷金・賃料などの賃借条件の改定にも応ずる義務があるとされ、また、前記の変更によって生じた工事費用を負担すると共に、工事中の休業補償の請求をしない旨定められている。
(三) 一審原告の賃借する本件店舗の状態
本件店舗と、背面に隣接する店舗との間は、天井まで一部鏡を貼った厚さ約一〇センチメートルの間仕切板で隔てられているが、残りの三方の通路と一審原告の売場の境界には障害物、間仕切板等はなく、通路から本件店舗の中を通って他の通路への通り抜けが可能であり、夜間など営業時間終了後は、一審原告は、本件店舗の三方の通路側境界に、天井部分から床のタイル部分までネットを下ろすことにはしていたが、シャッターを下ろすなど物理的に閉鎖できるような形状にはなっていなかった(甲第一〇号証の一ないし三、第三一号証の一、二、第三二号証、丙第五四、五五号証)。以上の各事実によると、一審原告の、その賃借部分に対する占有の独立性は、希薄であって、その占有及び前記売上金処理の形態、並びに後記認定のとおり、貸主である補助参加人において、売り場を移動・変更する権利を留保していること等から見ると、エルにおけるテナントとしての一審原告の契約上の地位は、「百貨店のケース貸」と一般の「独立店舗の賃貸借」との中間的法性格を有するものと解される上、本件契約中においては、一個の営業体としてのショッピングセンターの一体性の維持と、ショッピングセンター全体の集客力の維持という共通の利益のために、一般の独立店舗の賃貸借には見られないような、各種の制約を合意されているものということができる。
2 本件契約一九条の趣旨とその効力
右に認定したところを前提に、本件契約一九条の趣旨について検討するに、まず、ショッピングセンターにおいては、集客力を維持・増進して、他のショッピングセンターとの競争に打ち勝つために、ある程度の期間が経過する毎に、売り場のリニューアルとレイアウトの変更(店舗位置の変更を含む。)が行われているのが一般であることに鑑み(競争の激しい場所においては、売り場のリニューアルとレイアウトの変更を定期的に行って集客力の維持を図ることは、むしろ、テナントに対する量販店側の義務といえないこともない。)、本件契約一九条は、売り場のリニューアルとレイアウトの変更を行う必要性があり、かつその内容が合理的である限りにおいて、右変更に伴うテナントの店舗の位置と面積について、補助参加人に変更権があることを合意したものということができる。
次に、売り場のリニューアルとレイアウトの変更の規模によっては、量販店側において多額の投資を強いられることになるが、それによって集客力が高められれば、その利益を享受する関係にあるテナントにおいても、その費用を分担すべきであるとの観点から、本件契約一九条は、補助参加人はテナントに応分の負担を求めることができる抽象的権利があることを合意したものであると解せられる。そうだとすれば、応分の負担を求められたテナント側において、これを合理的理由もなく、全面的に拒むときは、右条項に違反すると評価されるか、又は、賃貸借の基本である信頼関係を破壊するものとの評価を受ける場合があることになる。
なお、本件契約一九条の合意の趣旨を、その文言どおり、右の判示以上に、補助参加人に、賃料・敷金等の具体的な額についての一方的変更権を認めたものと解することは、当事者間の公平の原理、及び借家法六条、七条の趣旨に照らし、相当ではないというべきである。一審被告ニチイ及び補助参加人は、右条項をもって、補助参加人が決定した額に変更することを、一審原告が予め予約したものと解せられる旨主張するが、右のような解釈が相当でないことも、右と同様である。
他方、一審原告は、貸主に一方的な賃貸条件改定権を定めた本件契約一九条は、借家法六条又は七条の趣旨に反し、無効である旨主張するが、本件契約の前記特性を考慮し、かつ、右のように限定を付して解する限り、本件契約一九条は、相互の利益のために定められたものということができるから、本件賃貸借に借家法が適用されるとしても、本件契約一九条が、借家法六条又は七条の趣旨に反するものということはできない。また、一審原告の主張の理由により、本件契約一九条がまったく無効のものと解することは、ショッピングセンターのテナント契約である本件賃貸借の実体を無視するものであり、採用できるものではない。
二 争点2(1)(本件賃貸借は、一審被告ニチイの平成六年二月一〇日付け解除の意思表示により解除されたか。)について
一審被告ニチイは、種々の解除事由を主張するが、本件契約一九条違反を理由とする平成六年二月一〇日付け債務不履行解除を第一次的に主張していると認められるから、まず、この点につき判断する。
1 前記第二の一記載の事実に、甲第三、五号証、甲第二九号証の一ないし六、乙第一ないし七号証、丙第一ないし二七号証、第三六号証の一、二、第三七ないし四五号証、証人小川莞爾(原審)、同西尾遼(同)、同平野清人(当審)の各証言、一審原告代表者の本人尋問の結果(原審及び当審)、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 一審被告ニチイは、平成五年三月一一日、同友店会に加入するテナントに対し説明会を開催し、同日以降、一審被告ニチイにおいて賃貸人の地位を承継した場合に備えて、補助参加人の各テナントと賃貸条件につき個別交渉を開始した。一審原告代表者は、同月二四日の交渉では、補助参加人と契約解除の話し合いができていないし、合意書にも押印していないので、一審被告ニチイとの話し合いには応じられないと言い、同年六月二五日の交渉では、補助参加人との契約条件は優遇されているが、一審被告ニチイの条件は厳しすぎる、テナントには賃借権があり、一審被告ニチイの都合で動くのだから無理に移転することもないと言い、同年七月三〇日の交渉では、角地の一等場所の一七坪ないし一階部分を希望した。そのため、一審被告ニチイ担当者が店舗のレイアウト等を検討し、再三交渉のアポイントを申入れたが、一審原告代表者は面会に応じなかった。同年九月三〇日の交渉で、一審被告ニチイ担当者が、一審原告代表者の希望する角地の一等場所一七坪、及び条件提示をしたが、一審原告代表者は、条件内容を検討するので、同年一〇月二日まで猶予が欲しいと答えた。しかし、その後、一審原告からの返答はなく、一審被告ニチイ担当者の申入れにより、ようやく交渉を持つことができた同年一一月六日に、一審原告代表者は、一審被告ニチイに対し、賃料等の支払につき賃料、共益費その他諸経費を含めて売上額(なお当時の一審原告の月平均売上額は約五四〇万円であった)の一〇パーセント以内にしてほしい旨の提案を行ったので、一審被告ニチイの担当者平野は、同年一二月六日、一審原告代表者の提案に沿った、諸経費を含めても売上額の一〇パーセント以内に留まるような譲歩案(①賃料は、固定賃料を廃止して、売上高の七パーセントの割合による歩合賃料(月売上高を五〇〇万円とした場合の賃料は、月額三五万円、年額にして四二〇万円となる。)のみとし、②敷金は一三五〇万円(ただし、補助参加人より引き継がれる予定の敷金二〇〇万円及び保証金残額四〇〇万円をその一部に充当する。)とするもの)を作成し、賃料を試算すると年額四二〇万円になる旨伝えた(甲第五号証)。
(二) ところで、一審原告が従来補助参加人に支払っていた賃料は、固定賃料一〇万円に売上額の二パーセントの割合による売上歩合賃料(月平均売上額を五四〇万円とした場合の歩合賃料は一〇万八〇〇〇円となる。)を加えたもの(月額二〇万八〇〇〇円、年額約二五〇万円)であったから、一審被告ニチイの提示額は、従前の賃料額の二倍に近いものではあったが、他方、一審原告と補助参加人との間の賃貸借における従前の賃料は、一審原告が賃料増額請求に応じなかったため、一六年間一度も値上げされなかったため、他のテナントと比較しても低額なものになっていたうえ、一審原告が経営する二九店舗の昭和六二年から平成四年度の家賃等の売上高に対する平均比率は一一ないし一二パーセント台であったことからすると、一審被告ニチイの右提示額が、一審原告の他店における支払賃料額と比較しても高額に過ぎるというものでもなかった。
(三) ところが、一審原告代表者は、同年一二月一〇日に、一審被告ニチイに対し、右提案でも年間六〇〇万円の赤字が出ると主張して、右提案からさらに年間三五〇万円程減額して、賃料年額を七〇万円にするよう要求した。年額七〇万円という一審原告代表者の右回答は、従前の補助参加人に対する支払賃料実績額の三分の一をも下回るもので、一審被告ニチイにおいて到底受入れることができないものであることは客観的に明白であり、実質的には交渉拒絶に等しい内容のものであった。
一審被告ニチイは、一審原告代表者の要求があまりにも非常識なものであることに困惑し、一審原告代表者に対し、何とか一審被告ニチイの提示した条件で了承してほしい旨再考を求めたところ、一審原告代表者は、今度は、一審原告において前記承諾書に捺印していない以上、交渉すべき相手方は補助参加人であって、一審被告ニチイではないとの理屈を付けて、以後一審被告ニチイとの交渉を拒絶した。
(四) 前記第二の一10において認定したとおり、一審被告ニチイは、平成六年一月一二日、補助参加人から、補助参加人の一審原告に対する賃貸人の地位を承継した。
(五) そこで、一審被告ニチイは、平成六年一月一四日、一審原告代表者に対し、同月一二日に一審被告ニチイが補助参加人と一審原告との賃貸借を引継いだことを伝えるとともに(補助参加人もそのころ一審原告に対し同旨の通告をしている。)、オープンに間に合うように一審被告ニチイと条件を確定してほしい旨伝えた。しかし、一審原告代表者は、「伊勢駅前店のことでジャスコに対する仕返しを狙っている。」、「ジャスコから解約ペナルティを取りたいので、ニチイからジャスコに支払うように催促してほしい。」、「まず、ジャスコを契約の当事者として交渉する。」、「ニチイとは現時点で話し合っても仕方がないから、ニチイとは交渉しない。」などの答えを繰り返すのみで、取りつくしまがなかった。
(六) 平成六年一月下旬までに、一審原告を除くその余のテナントと一審被告ニチイとの間の交渉はすべてまとまり、同年二月二八日からの休館と工事着工、同年四月二三日新装オープンの日程も確定し、一審原告を除くその余のテナントと一審被告ニチイは、それへ向けての準備に取りかかっていた。
右のような状況下において、一審原告の入店希望ないし退店の意向表明がそれ以上遅れては、工事等の進行を止めない限り、それに対応できなくなることは、明らかであった。
(七) そこで、一審被告ニチイは、一審原告に対し、入店の有無の確定を求める最後通告を発することとし、同年二月一〇日、一審原告代表者に対し、入店希望の表明は、オープンまでの諸準備の都合もあり、同月一五日がタイムリミットであることを説明し、入店の希望があるのであれば、同日までに回答してほしい、回答がなければ権利放棄になる旨通告したが、同日までに一審原告からは何の返答もなかった(その間、一審原告は、サティへ入店するか、退店するかについて、確定的かつ明示的な意思を表明しないまま、補助参加人に対しては、退店を前提とする代替店舗の提供方を要求し、四月上旬までそれを継続していたことは、前記第二の一13において認定したとおりである。)。
(八) エルは、平成六年二月二八日、一審被告ニチイの実施する新装工事のため一斉休館に入り、一審原告を除くすべてのテナントがいったん退店し、一審原告も什器備品を残置したが、商品は搬出した。
(九) 一審被告ニチイは、新棟の建築に約六〇億円、既存棟のエルの手直し(リニューアル)に約一一億円を投資して、本件ビルを増築・改築のうえ、ショッピングセンター「サティ」として、同年四月二三日新装オープンした。
(一〇) 一審被告ニチイは、右新装オープンに当たり、一審原告の旧店舗部分(本件店舗部分)を空けたままで開店することによるイメージダウンを、何としてでも避けるため(開店までにテナントを揃え、売り場に穴を空けないということは、他のテナントに対する一審被告ニチイの義務であるともいえる。)、急遽、他店で一審被告ニチイのテナントをしていた一審被告キャロットに頼み込んで出店してもらうことにし、同年四月一一日、一審被告キャロットに本件店舗部分を転貸し、同月二三日の開店になんとか間に合わせることができた。
(一一) なお、エルは、右時点より一六年前に開店されたものであるが、競合店舗の出現等により、経営環境が厳しくなっていたうえ、店舗の増築による店舗規模の拡大と、補助参加人の撤退に伴い一審被告ニチイによる賃借部分の承継に対応するため、旧エル部分についても、全面改装の必要が生じていたものである。
2 一審被告ニチイによる平成六年二月一〇日付け債務不履行解除の意思表示の有無について
前記1の認定事実によれば、一審被告ニチイは、平成六年二月一〇日、一審原告代表者に対し、一審被告ニチイに入店する希望があるのなら、オープンまでの諸準備の都合もあり、同月一五日までに回答してほしい、回答がなければ権利放棄になる旨伝えたというのであるが、その趣旨は、一審原告代表者において期限までに交渉拒絶の態度を撤回しない限り、一審被告ニチイにおいて補助参加人から承継した一審原告との契約関係を打ち切る旨の趣旨を含むものであったことは、それまでの経緯に照らし、明らかであるから、右の通告は、一審被告ニチイの一審原告に対する法定解除の意思表示と解することができる。
一審原告は、一審被告ニチイが同年二月一〇日、催告付きの解除の意思表示を行った事実はなく、右解除の効果は発生しないと種々主張する。しかし、一審原告の右主張は、一審被告ニチイの担当者の「権利放棄」という発言の外形にこだわり、その実質を見ないものであって、一審原告の右主張は、いずれも採用できない。甲第一一、一二、二〇、三二号証によって、以上の認定は左右されず、右認定に反する一審原告代表者尋問の結果部分は、前記各証拠と対比して、いずれも採用できない。
3 そこで、解除原因たる債務不履行の有無について検討する。
前記認定事実によれば、①一審原告代表者は、平成五年一二月一〇日に、一審被告ニチイに対し、同被告との間の交渉を拒絶するとの態度を表明し、平成六年一月一二日に一審被告ニチイが補助参加人と一審原告との賃貸借を引継いだ後も、右の態度を改めず、補助参加人を契約当事者として交渉し、一審被告ニチイとは交渉しないとの態度を継続したことは、一審被告ニチイが賃貸人であることを否認するものであって、賃貸借の基本である信頼関係を破壊するものであること、②仮に、一審原告の右の態度が、暗に、平成五年一二月一〇日に一審原告が示した条件を一審被告ニチイにおいて受け入れることを要求するものであったとしても(その限りにおいては、交渉の継続といえなくもない。)、右の条件自体、一六年前に補助参加人との間に決めた賃料額(既に、一般の賃料水準を下回るものである)を更に下回り、その三分の一にも満たないものであって、そのような要求を維持すること自体、賃貸人との間の信頼関係を裏切るものとの評価を免れないこと(リニューアル投資につき応分の負担を求める一審被告ニチイの提案を全面的に拒否する点においては、本件契約一九条にも違反することになる。)、③本件契約一九条が、店舗レイアウトの変更に伴う、テナントの店舗の位置等変更権を賃貸人に認めていることの反面として、一審原告らテナントは、ショッピングセンターとしての一体性維持という観点から、量販店である一審被告ニチイの行う改装工事に協力する義務があると解すべきところ、一審原告が一審被告ニチイの催告にもかかわらず、入・退店についての確定的な回答(一審被告ニチイの提示した賃貸条件についての諾否はともかくとして、入店の希望があるのであれば、少なくとも、それを明示的・確定的に表示し、かつ、一審被告ニチイと交渉して、店舗の位置だけでも確定すべきであった。)をしなかったことは、それ自体、一審被告ニチイの進める改装工事の支障となるものであって、右義務に違反すると解されるところである。
もっとも、丙第三六号証の一、二、第三七ないし四五号証、証人小川莞爾の証言によれば、一審原告は、補助参加人の担当者である小川莞爾に対し、①平成五年二月八日には、営業場所の移動がなく、賃料の値上げがないのなら承諾書に署名する旨述べ、②同年一一月二六日には、一審被告ニチイが提示する賃料では赤字になり、場所も悪い、一審被告ニチイと話をするが、話がつかないときは今の場所で現在の条件で営業をするか又は退店する旨述べ、③平成六年一月五日には、一審被告ニチイとの交渉は平行線のままである、一審被告ニチイが譲歩しなければそのまま居座って営業を続ける旨発言していたことが認められるが、同年二月一〇日付けの一審被告ニチイの催告に対しては何らの回答もしなかったこと、補助参加人に対しては代替店舗の提供方を要求していたことなどの前記認定の事情のもとにおいては、一審原告の補助参加人に対する前記発言をもって、サティに入店することの明示的かつ確定的な意思表示があったとまでは認められない。
なお、一審原告は、一審原告なりに補助参加人らからの本件リニューアルに伴う条件を検討していたと主張する。しかし、一審原告の平成五年一二月以降の一審被告ニチイとの前記交渉の内容は、実質的には、折衝拒絶とも評価すべきであり、また、一審原告代表者尋問の結果(当審)によると、一審原告代表者は、従前、補助参加人がエルで営業を継続できるようにテナントの先頭に立って動いていたが、補助参加人が一審原告代表者に事前に何の連絡もなく、エルから撤退することを決めたことに感情的な反発を感じていた事実が認められる。そうすると、一審原告代表者の補助参加人らとの前記消極的な交渉態度の裏には、量販店である補助参加人がエルを退店し、一審被告ニチイが右退店部分を引継ぐことを事実上妨害する意図があったとも推認できるから、一審原告の右主張は採用できない。
そうすると、一審原告に賃借人としての義務違反があり、それが賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りるものであることは明らかであるから、一審被告ニチイの平成六年二月一〇日付け法定解除の主張は、理由がある。
三 不法行為に基づく損害賠償請求について
一審原告は、仮に、本件賃貸借の解除が有効であったとしても、一審被告ニチイの一審原告に対する入店拒否という不作為及び一審被告キャロットを新規入店させたことは、それのみで違法な自力救済と評価しうるから、一審被告ニチイが一審原告に与えた損害は、同被告の不法行為によるものとして、損害賠償責任を負うと主張する。
よって検討するに、前示のとおり、本件契約は、一審被告ニチイの法定解除により、平成六年二月一五日限り解除されたものであるから、一審原告の一審被告ニチイに対する損害賠償請求のうち、(1)休業損害(請求額一六五二万一〇〇〇円)、(2)オープンに向けて製作させたと主張する什器備品類(請求額一八六七万六三六二円)、(3)オープン用仕入商品(請求額六六五万九〇〇〇円)、(4)オープン用に購入したスコープ、レジ等の備品代(請求額一二万九〇〇〇円)、(5)本件店舗の従業員の退職金(請求額一四万九四〇〇円)、給与及び賞与(請求額一九三〇万三九八八円)、(6)仮処分の供託金に対する金利(請求額四〇万円)、並びに附帯控訴請求については、その存否につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。
次に、一審原告は、本件契約の解除の効力が発生した後の平成六年二月二八日以降においても、本件店舗部分に同人所有の看板、間仕切り、ボーダー等の什器及び備品等(残置物)を残して、本件店舗部分を不法に占有していたところ、右残置物が本件ビル改装工事の妨害となるため、一審被告ニチイにおいてこれを撤去のうえ、一審原告の同意を得ることなくこれを廃棄したことは、前示のとおりである。そうすると、前記認定の事情の下においては、一審被告ニチイにおいて前記残置物を撤去したことは違法とまではいえないが、一審原告の同意を得ることなくこれを廃棄した行為は不法行為を構成するというべきであるから、一審被告ニチイは、一審原告に対し、右不法行為に基づく損害賠償責任があるというべきである。そして、甲第一二号証及び一審原告代表者尋問の結果(原審)によると、右看板、間仕切り、ボーダー等の当時の価格は、請求どおり一二三万五〇〇〇円である事実が認められる。
なお、一審原告は、平成二年一〇月に本件店舗を全面改装したが、その内装費の平成六年二月三〇日時点の残高二一五万一〇〇〇円を損害として主張するが、これを裏付けるに足りる客観的証拠はなく、この点についての一審原告の請求は理由がない。
以上によると、一審原告の一審被告ニチイに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、右一二三万五〇〇〇円とこれに対する「訴の変更申立書」が同被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成七年一〇月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は、附帯控訴部分も含めて理由がない。
第五 結論
以上の次第で、一審原告の一審被告ニチイに対する本訴請求は、主文第二項の限度で理由があるが、同被告に対するその余の請求、及び一審被告キャロットに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
よって、右と異なる原判決主文を本判決主文第二、三項のとおり変更し、一審原告の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用及び附帯控訴費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 水谷正俊 裁判官 矢澤敬幸)